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『悪について』エーリッヒ・フロム

エーリッヒ・フロムの本です。

『愛するということ』

今、改めて注目されている本です。

この本と一対をなすと、前書きに書かれています。

 

人間のオリエンテーションの中で

最も有害で危険な形態の基礎として

以下のことをあげています。

・死を愛好すること

(生命への根強い無関心)

・悪性のナルチシズム

・共生的・近親相姦的固着

 

以下、気になった言葉を書き抜きます。

 

「正常の場合、自分の言動が批判されても、その批判が公平で悪意がなければ腹をたてない。ところがナルティスチックな人は、自分が批判されるとひじょうに立腹する。自分のナルチスティックな性質のため、その批判が正しいと想像もできず、悪意ある攻撃だととりがちである。ナルチスティックな人は世界と関係をもたず、その結果ひとりぼっちで、そのため物事に驚きやすいということを念頭に入れると、はじめてかれの怒りの激しさはよく理解できるのである。」

前職の職場でこういう人をよく見かけました。

表には激しい怒りとしてではなく、嫌な顔をする、

ヒステリー、言った人へのイジメ・・・という形で現れます。

この文章を読んで、なるほど、こういう心の動きが

あったのかもと思いました。

 

「何ものをも成就したことのない人には、他人の仕事を評価することは難しく、それ故次第にナルチスティックな栄光の中へと自らを孤立せざるをえなくなるのである。」

ナルチシズムの特徴として、

孤独ということがあると思います。

でも、孤独が好きだという人間はまれだと思います。

仲良くしたいと思っていても、ナルチシズムな人には

近づきたくない、それでさらに孤立するの繰り返し。

こうなると、自分で気がついて(だいたい人に

言ってもらっていても気がつかない→言ってもらえなくなる)

変わるしかないということなんでしょうか。

 

「人生が面白くなくまた興味をもちうる期待がないからこそ、かれらには強いナルチシズムが発達してくるのである。」

仕事をしない人をたくさん観てきました。

ある日ふと思ったのは、「ヒマだからプライドが育つ」

ということでした。似てるような気がするなとこの言葉を

読んで思いました。

 

「在来の論議に存在するさらにもうひとつの欠陥は、選択の傾斜の程度にはふれることなく、むしろ選択の自由か選択の決定かを一般に取り扱っているという事実にある。後に説明するように、自由対決定論の問題は、実際には、各選択の傾斜とその有する強度との葛藤の問題なのである。」

 

「「悪を去りて善を行え」とー悪からすっかり手を切り、くよくよと考えず善を行えと。お前は悪を犯してしまったのか。それならば、けだし気を行って並行を保て。」

ユダヤ教の考え方でもあるようです。悪をなしても、

それから戻り善い行いをしたものは、善い行いのみを

している人間よりも優れているとみなされるとか。

理論的には納得できるのですが、感情的に

ひっかかるものがあります。

悪の程度にもよりますが、挽回が可能なものならば、

前に進むしかないとは思います。

 

あることを「かれは「やめようと決心」をした。この「決心」は決定ではない。それは希望の公式化にすぎない。(中略)この種の決定は思いつき、計画、幻想以外の何ものでもない、すなわち真の選択がなされるまでは、ほとんどあるいは全く真実であるとはいえない。(中略)決定を必要とするのはいつも具体的な行為である。」

なかなか頭のイタイ話です。

要は、分かっているならやりなさいということに

通じるのかなと思います。

本の中では、身近な禁煙するという行為を例に

出しています。

 

「スピノザによれば、人間の行為は熱情または理性によって動かされ、決定されるという。そして、熱情に支配されるときは、囚われの身となり、理性に支配されるときは自由なのである。」

感情の赴くままにというのは、あかんということ

ですね、感情で行動すると、冷静になったときに、

「何で、こんなことしたんだろう」となりますものね。

 

「意識するとは自己の学習するものを経験し、自分を実験し、他人を観察し、その結果、無責任な意見よりは確信をもち、かくて、その学習するものを自己のものとすることを意味する。」

「意識することの次の段階は、自分の行為の<結果>を十分意識する段階である。」

毎日を何気なく過ごすことがあまりにも多く、

行動も何となくで行うことが多い。

自分の大切な人生の1日なのになんでしょうね、これは。

考える時間がないということにもなりますし、

考えなくても何とかなるということにもなります。

でも、考える毎日を積み重ねていくことで、

結果(○年後)が違ってくるのかなとも思っています。

 

自分の人生を「そして一歩々々自分が道を間違えて<いる>ことを認めるのが次第に難しくなるが、それはただ、かれらが当初に道を誤った曲がり角まで引き返さなければならないことを認め、エネルギーと時間を浪費したという事実を肯定しなければならぬから、というのが唯一の理由であることが多い。」

自分の間違いを認めるのはイヤなものです。

でも、認めると新しい道が見えてきます。

他人は意外におせっかいなものだと

思っています。自分が気がつかないことも

言ってくれます。

それでも、いつでも「それ違うよ」と言ってもらえる

人になっておく必要はあると思います。

気がつくということは案外難しいもので、

それを教えてもらえるということはとても

有難いことだと思っています。

 

本を読むことで、いろんな気付きが得られます。

本を読むことと、人と話をすること、経験することを

同じように大事にしていけたらいいなと思います。